仕事と生活の仕方・その1

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マヨです。
出産間近になり、日々、身体のもうすぐだよ!サインを受け取るようになってきました。
陣痛も出産も一度経験しているだけに、逆に前回よりもビビッていたりします。びびび…。

さて、今日は少し真面目な、でも大事なテーマに向き合ってみたいと思います。
じゃん。ずばり、「仕事」のこと。
町での経験もまだ浅く、考え足らずや知識不足なところがあると思いますが、まずは今の自分の暮らし方から見えることを、できるだけ正直に書いてみました。

仕事の仕方① 外に働きに出る

今日のテーマは、ここ、朝日町でどんな風に働くか
具体的には、どんな風にお金を得るか、そして仕事と生活を両立するか。
「働いてお金を稼ぐ」「生活と両立する」、どちらも生きていくに欠かせないこと。
でも都市部と比べると、ここでは一般的に不利なこと・不便なこと・効率が悪いことはあるな、と感じる…。

まずは導入部として、自分が外で働いていた時のことを紹介します。
2019年10月末まで、朝日町から山形市に通ってお勤めをしていました。
通勤距離は、片道 約 35~40Km。
雪のない時期で50分、雪が降ると1時間40分 くらいかかります。

★なお、備考ですが…
朝日町全体の仕事事情として、町の中での雇用の数は限られています。
しっかりした企業さんがいくつもありますが、やっぱり人を雇うという意味では、仕事の数そのものが少ない状態。
朝日町で暮らしながら誰かの下で働こうと思うと、ちょっと距離と時間のかかる場所に通勤することは、ある程度避けられない道と言えそうです。
実際に町外で働く人は珍しくなく、そのまま外に出ていく人も多いとのこと。こういう面で、朝日町もまた「とかいところ」なのだと感じます。

わたしの職場は、町の通勤者の中でも、遠方の部類だったと思います。産前からお世話になっていたところに復職したので、こんな形になってしまいました。
復職後、わたしはどんな形で毎日働いて、暮らしていたか。
以下は、いちひめが1才の冬=個人的に体力が一番限界だった、と思う時期の、とある一日です。

(画像をクリックすると、拡大します)

(時間帯が読みづらいと思うので、改めて)
・5時半 起床 → 夕食の準備
・6時半 朝食
・6時50分頃 出発
・8時25分頃 職場に到着
・8時半~16時15分 勤務
・17時50分~18時頃 保育園へ到着。いちひめのお迎え。
・18時40分頃 帰宅 → 夕食を温め返す。
・19時 だんなさん帰宅。皆で夕食。
・20時半 入浴
・21時半~22時 就寝
・夜中に2~3回の、授乳


こんな感じで、日々をやりくりしていました。
土日祝はお休みでしたが、普段の埋め合わせのように、いちひめを第一にして遊んでいました。

好きな仕事だったので気力は充実していましたが、体力的にはやっぱり常にきつかったな、と思います。
どんな風にきつかったかと言うと、

①遠い
=時間がかかる
=育児や家の仕事にかける時間が限られる
=睡眠や休息にあてる時間で対応する。疲れやすくなる。
=精神的に焦る、常に時間に追われる。イレギュラーなことへ対応するゆとりが減る。

②雪への対応(冬の場合)
=除雪、回り道
=更に時間がかかる (→ ①へ)

①+② =体力と気力が、より必要になる。そして、これが毎日続いていく。


とかいところだから、のしんどさ。わたしにとっては、こういう内容だったと思います。

「家族」の力、ある時、ない時

こういう働き方を、産後の復職~退職までの2年あまり、続けていました。
本当に、家族の協力に支えられて実現していた働き方だったと思います。

朝日町に住んでいる人の中には、こうして家族のフォローをフル活用して働いている人が少なくない、と思います。
主におじいちゃん、おばあちゃんの手助けですね。
山形全体の傾向でもありますが、町の中には三世代や四世代で暮らすおうちがあちこちにあり、「まんなかばーちゃん」「年寄りばーちゃん」という言い方があるほど。

よそのママさんに聞いてみても、
 ・朝晩の食事は、おばあちゃんが作ってくれている
 ・子どもの保育園の送迎を、おじいちゃんおばあちゃんが担当している
 ・子どもが病気の時、おじいちゃんおばあちゃんが家で面倒を見てくれる
こんなおうちは多い様です。
他の地域と比べ、「家族」という仕組みの中で、お互いに助け合ってやっているんですね。

家族でフォローし合えるのは、すごく素敵なことだなと思います。
ただ、家族の少ない家、そういう仕組みが手薄い家も、中には存在するんですよね。我が家もそうですが。
じゃあ、困った時にどうするか。
うちでは、短期的に困った時は、町のファミリーサポート制度を活用していました。
(ファミサポ制度については新たに記事を設けて紹介したいと思いますが、会員になっている町民の方に、有償で子育てのサポートをお願いできる制度です)
お願いしていたのは、我が家の場合は主に
・子どもが保育園に行けない状況の時、1日そのお宅で預かってもらう
ことでした。
他に、子どもの送り迎え代行などもサポート内容に想定されているようで、相談に応じて臨機応変に対応してもらえそうな制度だと思います。


その他に、「もっとあかん」「これは乗り切れない」と思われる時…例えばだんなさんの長期出張時(1週間ほど)などは、実家の母たちを召喚してしのいでいました。
旅費をこちらで用意してうちに泊まってもらい、家事を代わってもらったり、いちひめの保育園見送りをお願いしたり。
保育園までの道のりについては、おばあちゃん達は二人とも車に乗れないので、町のオンデマンドタクシーを使って行き来してもらっていました…が、本数が限られる(1時間に1本)ので、始発タクシーに乗って保育園に着いたら、帰るのにまた一時間後の便を待たないといけない。時間がかかるので、待ち時間に買い物を済ませたり散策したりしてくれていました。
勝手の分からない土地のことなので、負担は大きかったと思います。
母たちも、送り出す側の父たちも、笑顔で対応してくれたのが、本当にありがたかった。

まあこんな風に、毎日必死に、その時その時で何とか対応しながら、乗り切っていました。
絶対にこれなら大丈夫!という安全策がある訳ではなく、結構つなわたりな日々だったなーと思います。どこのご家庭でも大なり小なりそうなんだろうな、とは想像しつつ。
あの日々には、うちならでは、この環境ならではの危うさ、しんどさが含まれていたなと思います。

もうひとつの、仕事の仕方

こういう仕事の仕方をしながら、ここに住む理由。
我が家の場合、ここが好きというのはもちろんありますが、もうひとつ。
一家の大黒柱、だんなさんにとっては、仕事をするのにここが一番効率がいい、都合がいいということが大きく関係しています。

だんなさんの仕事は、金属工芸家。主にアルミの素材で、器やジュエリー、カトラリー、ランプシェード、色々なものを作っています。
つまりは、自営業。
朝日町のような、そして我々の住まいのような「とかいところ」でお金を得ていくもう一つの選択肢は、この「自営業」だと思います。
特に今はインターネットの力を借りて、ネット販売や情報共有、色々なことが都市部と変わらない環境でできるようになりました。
「とかいところ」だからこその不利・不便さは、こういう部分ではむしろ解消されているんだなあ、と思います。

「とかいところ」だから、何でもかんでも不便…という訳ではない時代。
この場所で、どんな風に働いていけるのか。
生きていく為のお金を得ながら、家族との暮らしを守っていけるのか。
その一つのあり方として、次回は、だんなさんの仕事の仕方を紹介したいと思います。
(★2020年2月・追記… 「次回」にだんなさんの仕事の様子を紹介する、と書いていましたが、間に出産を挟み、そちらの記録を先にさせてもらいました。予定通りでなくてすみません。
★5月30日・追記… アップしました)

ということで、仕事と生活の仕方について、自分の体験談を切り口に考えてみました。
ブログで実生活を紹介しよう、と決めてからずっと、これはまず書かなくちゃ、と思っていたテーマ。いろいろ過不足あると感じつつ、今回はこういう形でまとめるのがやっとでした。
長文にもなってしまったので、今日はまず、この辺で…。つづく。

★なお、次回の更新は少し間があいて、産後になると思います。
生まれたての赤ちゃんのいる生活では、またものの見方が少し変わるだろうと思いますが、引き続き正直に!を念頭に置きつつ、暮らしのことを紹介していきたいです。
行ってきます。

(2020年1月中旬)



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