こねた群②

小ネタだったり、子ネタだったり。
季節行事だったり、地域のことだったり、生き物との関わりだったり。
とかいところの日常を彩る、ささやかな物事たちをまとめました。

(画像は全てクリックで拡大します)

1.5歳の言葉(2021年9月)

我が家のにたろうは、割と早くから良くしゃべる人です。
そんな彼が1歳半の頃のこと、漏れ出る言葉はこんな風でした。

 
1.5歳の言葉、魅力的です。
発する音やジェスチャーが私たち寄りになってきて、ずいぶん一緒に「会話」できるようになってきた。
でも、まだよく分からないことも多い。
そんな頃の言葉です。

意思疎通の相手が、「違う星の人」から「違う国の人」になった、くらいでしょうか。
ハロー、ハロー。
 

ツヨイミカタ(2021年10月)

その年の秋、町内で行われる作品展示の場に母も混ぜてもらうことになりました。
そのことを伝えたらば、うちの娘曰く、

心強い味方をゲットしました。

それ、サクラって言うんやで…
そう思いつつも、母は純粋な娘の心に、心底心揺さぶられた訳です。
なんて健気なんだろう、うちの子は。と。

当日は、こんなかな。

…と思っていたら、実際はもじもじしてほとんど人前で喋らず、お菓子をもらってご機嫌でぱくついていました。
ちょっと、話ちゃうやん。

何となく想像はついたものの、内心突っ込まずにいられない母でした。

うれしいハロウィン(2021年10月)

 
ハロウィンの嬉しい思い出。
我が家まで来てくださったご近所さん、本当にありがとうございました。
 

おはなし会の喜び(2021年11月)

 

 
町内に「ぶなの実」という、由緒ある読み聞かせの会があります。
絵本が大好き、読み聞かせも大好きということで、わたしもご縁あって参加させてもらっています。

その日は、保育園でのおはなし会でした。
我が子二人もいる中での上演、緊張したのなんのって。
でも、行けて良かった。
静まり返るホールの中、子どもたちの確かな熱量が、しんしん、と伝わってきたこと。
それが本当に嬉しかったのです。

そして読み聞かせって「共同作業」なんだな、ということを感じました。
子どもたち自身も時に声をあげて参加したり、話の波に翻弄されたり。
読む方もそんな反応を受けてヒートアップしたり、気持ちが揺さぶられたり。
読み手と聴き手が手に手をとって、一緒にお話の中へ探検に出かけているような気がしました。
だから、こんなに楽しいのか。
そう思うような一時でした。

あさひっ子たち、先生方、そして何よりフォローして下さった「ぶなの実」の諸先輩方に感謝です。

 

親子絵(2021年11月)

雨が降ったので、家の中で絵の具で遊びました。

母の描いた娘と、

娘の描いた母と。

 
とりかえっこのお絵描き、地味に嬉しい母です。

病児保育つらし(2021年11月)

ものごとのタイミングが最悪だった時。
この時ばかりはあまりにつらくてやりきれなかったので、その体験をすごろくにしてみました。
 


すごろくにしてみたら、ちょっと気が収まった。
ものすごく耐え難い!と思っていたのですが、何かちょっと笑える物事のように思うことができました。

子育てをしているところなら、大なり小なりこんな忙しさ、ままならなさは経験されているのではないかと思いますが。

それにつけても、病児保育サービスの欲しさよ(詳しい事情は、こちらの記事をご参照ください)。
朝日町はじいちゃんばあちゃんと同居している家族が多く、お互いにフォローして民間サービスの少なさを補っている側面があります。
でも、じいちゃんばあちゃんだってまだまだ働いていて忙しい、昨今の世の中。
そうそう皆が皆、仕事の手を自分のいいタイミングで止めていられる訳でもありません。
病児保育は移住者・核家族だけでなく、これまでは家庭内フォローが上手くいっていた同居家族にも、今ではとてもとても大事になってるんでないか…。
両親共に町内出身で祖父母と同居、なんてお家のお母さんと話していても病児保育のことでは本当に悩んでいるようだったので、そんなことを思いました。

自分はとても欲しい、病児保育。
どうやら地元民のご家庭でも重要度の高そうな、病児保育。
そしてよそからの移住者家族を引きつけようと思ったら、他の市町村と比べてこの点に不便があるのはなかなか痛い気もするぞ、病児保育…。

じゃあ、自分に今できることって、何だろう。
もやもやと思案しつつ、とりあえずおかげさまで今日も子どもたちは元気です。
まず、何よりです。

あおむけモグラ(2021年12月)

ある日、モグラがバタンキューしているところに出会いました。

散歩中、路上にモグラの仏様が落ちていたのです(苦手な方はすみません)。
いちひめは気持ち悪いと近寄らなかったのですが、凍え死んだのか見苦しいところの一切無い、剥製のような死に様でした。
毛足が案外長くて、キラキラと日に輝いてきれいだった。

普段モグラの全容にお目にかかることはそうそう無いので、ここぞとばかりにじっくり眺めさせてもらいました。

此処では生き物にまま出くわしたりしますが、自分にとってはすごく勉強になるというか、山暮らしならではのラッキーだなと思っています。

寄り道のあと(2021年12月)

  

 
保育園の劇で赤ずきんを演じたいちひめ、それを見て描いた一枚です。

「赤ずきん」の教訓の一つに、「寄り道しない」ことがあると思うのですが。
そう言えば子どもの頃って、なんでかすぐに寄り道したくなっていた。
今思うと、本当に不思議なくらい。
道草を食うことそのものがものすごく楽しいことで、その後のやっちまった!という焦燥感もまた、半端ないものだったな…という記憶があります。

かすかに思い出した当時の感覚を、少しでも引き留めておくために。

大雪の日(2022年2月)

2022年頭の雪は、本当にものすごい勢いで降り積もりました。
その中でも、この日は特にすごかった、という大雪の日の絵日記です。


雪が降るって、記事の中でも触れましたが、ちょっと大変。
やらないといけないことは増えるし、車のスピード出せないし、その分時間は減るし。それが飽きもせず、毎日毎日続きます。

でも子どもたちに関わっていると、毎日の中の「ちょっと大変」も、歌って笑ってるうちに、なんか、なぜだか、楽しくなってくる。
何が楽しいのかよく分からないのだけど、大変なのが逆に面白くなってくる。
子どもが日々の中にいるってすごいなあ、と思う瞬間の一つです。

(そしてわたしは何を隠そう、はたらく車の中でも除雪車推しです。)

お彼岸のぼた餅(2022年3月)


お彼岸に、ぼた餅をお裾分け頂きました。

もち米に残る、何とも言えないつぶつぶ、ふわふわ。
搗き加減の違いで、お餅より食感がギッシリしていないんですね。
そして手作りのぼた餅は市販のぼた餅とは、全然違う。
これ、この搗き具合にする意味があって、あえてこうしてるんだなあ。粒を残す意味が、あったんだなあ。
と、その美味しさから初めて知りました。

朝日町のおうちは、昔からのお食事がきちんと世代を超えて伝わっているご家庭が多いようです。
行事が巡ってくると、その行事に関するものが食卓に普通にのぼる感じ、素敵だなと思います。
機会があったら、わたしもいずれ教えてもらいたいものです。


…と言っていたら、新たにぼた餅プラスαをお裾分け頂きました。
 

出来立ての、まだほんのり温かいお餅。
潰したての小豆。
お砂糖と、きなこ。
納豆は柚子の香りでしょうか。爽やかな風味が美味しい。
小ねぎは辛すぎず、何か下ごしらえしているのか…。

美味しすぎる美味しさでした。
久々に、おなかがぽんぽんなのに口が欲しがって、苦しくなるまで食べ過ぎてしまいました。

改めて、ご馳走様でした。
心から感謝です。

 



まだまだ、増えていきます。

(2022年7月)

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