一枚のおたより ~見えない脅威への、気持ちの一つの向き合い方~

2020年、4月現在。全国どこでもコロナウィルスが席巻していて、不穏な毎日になっています。
いちひめが通う朝日町の保育園も、「家でこどもを見られる家庭は、登園を自粛してほしい」と要請がありました。

家から出ない、人に会わない。
そうして感染のリスクを避けたい一方で、限られた環境にばかり閉じこもっていると、気持ちがどんどん落ち込んでいく…。
ニュースを聞けば聞くほど、思考がより暗い方へ、暗い方へと向かっていってしまうような気がします。

そんな毎日の中で、一通の手紙を訳してみました。少し前にニュースでも取り上げられていたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
イタリアのミラノにある、ヴォルタ高校という学校の校長先生。彼が、学校が一斉休校になる際に、学生にあてて出した文章です。

はっきり言って、今の日本の世の中の動きには合わない部分がいくつもありますし(元気だったら、家に閉じこもっていなくていいよ、というアドバイス等)、感染への構え方が楽観的すぎると映るところもあるかもしれません。
わたしも、全面的にこの文章の中で書かれたことを肯定するものではありません。
この通りにした方がいいよ、とお勧めするものでもありません。

ただ、伝染病の脅威への気持ちの向き合い方の一つとして、そして他者への向き合い方として、一つの考え方を示しているなと思いました。
恐れすぎないこと。疑心暗鬼になりすぎないようにすること。
あくまで、普段通りの生活を心がけること。
人と人の関係性を、大事にすること。
それらの重要性を、先人の言葉や考えも交えつつ伝えているところに、励まされるなとわたしは思いました。


少なくとも、わたしにとっては気持ちの「ガス抜き」になったので、ここでも載っけてみるか、と思い立った次第です。
現実世界と違って、自由に好き勝手に行き来できるウェブ上の世界、仮想現実の世界が、きっと日に日に存在意義を増している昨今。
これもまた、誰かの「ガス抜き」になれば、とても嬉しいです。

※なお、改行やスペースの入力は、わたしが自分が適当だと判断したところで行ったものです。
また、分かりやすさを優先したので、細かいニュアンスやどんな言葉で説明するかというところは、わたしの個人的な癖や好みが反映されていると思います。
ご了承ください。


・書いた人:ヴォルタ高校(ミラノ)学校長 ドメニコ・スクイッラーチェ氏
・書かれた日時:2020年2月25日付け

「アレマンの人々が病をミラノに持ち込みはしまいか、と健康裁判所がおそれていたペストが、本当にミラノに入ってきたのは明らかだった。
病は当然ここで留まるものではなく、イタリアの大部分を席巻し、人々の命を奪っていった…」

 ここに挙げた文章は、マンツォーニ作『いいなづけ』の、31章の冒頭部です。
この31章と続く32章では、1630年にミラノを襲ったペストの大流行のことが、全章にわたって述べられています。素晴らしい文章で記された近代の名著ですので、あなた方には是非、きちんと読んでもらいたいと思います。特に、こんなに混乱を極めた今日にあっては。

 この中には、既に全てが記されています。
外国人は危険だ、と頭から信じ込むこと。権力間で、暴力のぶつかり合いが起こること。最初に感染源と言われた者が誰か、必死になって探し出そうとすること。専門家への軽視。感染者狩り。確証のない意見の数々。これ以上なく馬鹿げた処置。生活必需品の強奪。衛生面での危機的状況…。
 覚えておいてほしいのですが、私たちの高校は正しく、ミラノの検疫所があったところに立っています。ですから読み進める内に、通学中に見たことがある名前にも出くわすことでしょう。例えば、ルドヴィーコ・セッタラ、アレッサンドロ・タディーノ、フェリーチェ・カザーティ…これらの名前は、マンツォーニの小説よりもむしろ、現代の新聞の1頁から現れ出たような感がありますね。

 皆さん、何も目新しいことを言うわけではないのですが、学校が閉鎖されたことで君たちに伝えなければ、と思ったことがあります。
我が校は、独自のリズムと習慣を以て時代を刻み、社会の成員としての秩序ある行動を示してきた学校の一つですので、時ならずして学校が閉鎖させられたというのは、ごくまれで、本当に例外的な当局の対応です。
この措置を評して、どうこう言うことは私にはできません。専門家でもなく、また専門家ぶるつもりもないのですから。私は当局の判断を尊重かつ信頼し、慎重にその指示を見守るものです。

 けれども私は、皆さんにこう言いたい。
いつも冷静であれ。
周りのパニックに、ただ引きずりこまれるな。
そして、とるべき対応策はちゃんととった上で、いつも通りの生活を続けなさい、ということです。
 この期間を利用して、散歩をなさい。良い本を読みなさい。もし君たちが元気なのであれば、家に閉じこもらなければいけない理由は、どこにもありません。
スーパーや薬局に詰めかけないといけない理由も、どこにもありません。マスクは病気の人にのみ役立つものなのだから、そうした人に譲りましょう。

 病気が世界中に広がる速さは、我々の生きるこの時代が反映されたものですし、病を止める壁は存在しません。数百年前だって、同じように病気は広がっていきました。ただ、ほんの少しだけ、今より遅かったと言うだけのことです。

 こうした事態の中で、最も大きな危険の一つは何か。
先述の『いいなづけ』のマンツォーニ、それよりも多分、『デカメロン』のボッカッチォが伝えてくれていますが、それは社会生活や人間関係が汚染されていくこと。
人としてのモラルが低下して野蛮になっていくことです。
見えない敵の脅威にさらされていると感じた時、どんな時もその敵がいるように思ってしまうのが、人のならいです。自分と同じような人たちに恐れを抱き、実は危害を加えられるかもしれない、と捉えてしまうことこそが、本当に危険なことなのです。

 16、17世紀のペスト大流行に比べると、私達には現代の医学がついています。その進歩、信頼性は少なからぬものです。
こうした医学の発達は合理的なものの考え方から生まれていますが、我々も合理的にものを考えていきましょう。
我々の最も貴重な財産である、社会性、人間性を守る為に。
さもなくば、我々は本当に伝染病に負けてしまうことになるでしょうから。

 君たちに早く学校で会えるのを、楽しみにしています。
ドメニコ・スクイッラーチェ


原文: https://www.liceovolta.it/nuovo/la-scuola/dirigente-scolastico/1506-lettera-agli-studenti-25-febbraio-2020

先行きが見えない、ということは、本当にしんどいですね。
物事が、早く落ち着くといい。より良い方向へ、帰っていくといい。
そう思っているのは、どこの人も同じだと思います。
だからきっと他の人も、自分にできることをやっている。隣の人を信じて、自分を信じて、先を信じて。
見えない脅威の中でも、できるだけ心は病まないように保っていきたいです。

(2020年・4月13日)



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