番外-出産日記

せっかく一期一会の機会なので、出産当日の様子をついでにご紹介したいと思います。
長文になってしまったので、興味のある人、暇のある人だけ、どうぞ。
個人差のあることなので、どれだけの人の参考になるかは分かりませんが、こんな出産もあるんだなあーとでも思ってもらえたら幸いです。

(★前回、「次回はだんなさんの自営業のことを書く」と予告していましたが、予定を変えて後日に回させてもらいます…有言不実行ですみません)

3歳児、約12キロのいちひめを抱き慣れてると、驚きの軽さ、小ささ…。
いちひめが巨人に見える。

出産あらまし


にたろうが生まれたのは、予定日から2日過ぎた日のこと。
大人たちは何でもない顔をしつつ、内心気をもんでいました。
なぜなら、ちょっと前に山形からやってきただんなさんの滞在期限が近づいていたから。
何せ、ひとり仕事の自営業。誰も休んだ分のフォローなんかしてくれません(自営業の悲しいところです…)。

切ないけれど、いつまでも赤ちゃんを待っていられる訳ではないのが現実です。
出産時に立ち会いたい、立ち会ってもらいたい。
お互いそう思っていたけど、もしかしたらタイミングが合わなくて、帰っちゃった後に出産するかもなあ。そんな可能性も、考えていました。

とりあえずできることをするだけ!と、長ーく散歩をしたり、階段をいつもより多く上り降りしたり、乳頭マッサージをしたり、ちょこっとスクワットしてみたりするわたし…

…そんな中、その日・その時はやってきました!


・お産当日

わたしの下半身は、その前の夜からいつもと違う圧迫感を感じていました。なんだか、お腹が、すごーく張っている。
もしかしたらもしかするかも…?と思いつつ、前回は陣痛が来てもなかなか産まれなかったので、わたしも周りも割とドライです。
とりあえずいちひめの世話を焼いたり、母の家事を手伝ったり、買い物に行く用意をしたりしていました。


AM10:30
さあそろそろ出かけるよ、という頃。
ツキ、、、 ツキ、、、
…おや?
何だか「生理痛のちょっと強いバージョン」(3~5倍くらいでしょうか)みたいなのが、定期的に感じられる…。痛みの間隔は、10分くらい。

これは、陣痛 …なのか…?
陣痛だとすると、10分間隔というのは、産院に連絡して向かっていいタイミングです。
ただ迷ったのは、以前の陣痛に比べると、はるかに弱いから。
モヤモヤ、ツキツキはするけど、普通にやり過ごせる…そして持続時間が短くて、1分も続かないくらい…。

…君、そうなの? 陣痛なのかい?
前の時も、まだですね、と一回帰されてるからなあ…。
パンも買いに行かないといけないしなあ。

… よし、買い物行こう!
結局、(本当に陣痛だとしても)まだ余裕がありそうだと判断して、予定していた通りに過ごすことにしました。


AM10:45。
パン屋に向けて、いちひめとだんなさんと出発。歩いて10分くらいの距離です。
でも痛みはこの道中に、だんだん強烈になってきました(まあ後から考えると、これらが普通に陣痛だったわけです…)。
痛みの持続時間も長くなってきたので、数メートル進んでは立ち止まり、また進んでは立ち止まり。

パン屋のレジでは、お金を渡して、フーー…。
お釣りを待つ間に、フーー…。
釣り銭もらっては、フーー…。

帰宅した頃には、時間は11時15分くらいでした。いつもの、約二倍の道のり。
(ちなみにいちひめの脳裏には、このパン屋さんは「ハァハァのパン屋さん」という名称でインプットされたようです…笑)


AM11:20
その頃には、いよいよ痛みの間隔が5分弱に。
これは万が一本格的な動きになった時が怖いと思い、病院に連絡して行くことになりました。

この頃には刻一刻、毎分、毎秒ごとに痛みが変化し、かなり「まじめ」な感じになってきていました。さすがにこれは、もう陣痛だと言わざるを得ない。
経産婦は陣痛来たら出産までが早いって言うけど、あんなに微々たる痛みでスタートすることもあるんですね…。

えー、全然のりきれる痛みやん…わかりませんやん…
そんなことを考えつつ、とりあえずまず産院には行かないと。正直つらくなってきたけど、ここで自分の気持ちが折れたらどうにもならない。
ここが気合いの見せ所や!ともう一踏ん張りして、出発。

幸いいちひめは気丈でいてくれましたが、心細いこともあろうとだんなさんに付いていてもらい、自分は父母に付き添ってもらって産院へ駆け込んだのでした。


PM 0:15
産院に到着。すぐに横になり、お腹にモニターを装着。
ドッコドッコドッコドッコ…子馬の速駆けみたいな音が聞こえてきます。赤ちゃんの心音ですが、前回の健診の時より、ずいぶん速くなっているのがよく分かります。
あー。赤ちゃんも、頑張ってるなあ…。

…と、ひたる間もなく、きたきたきた。陣痛です。

いちひめの時もそうでしたが、どうのたうち回っても逃せないのが、この陣痛の痛みというやつ… つらいけど、ここが正念場だと観念します。
お腹から息を吐いて、また深く息を吸う(今回、できるだけ長ーく息を吐けると、少し痛みをやり過ごせるような気がしました)。

フーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(吐) …
スーーーーーー(吸)、
フーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(吐) …
ちょっと波がひいたら、一休み。


痛みの波の渦中では、これが未来永劫続くか、と思われる耐え難さ…。下半身全体にびりびり来て、感覚がマヒしそうに感じました(でも、いずれはちゃんと終わりますよ!)。
とにかく息を吐いて吸って、に全神経をこめる。
そして、一休みの最中は、今度は泥のような盛大な眠気に襲われる。泥と痛みのビッグウェーブに翻弄されます。
赤ちゃんも頑張ってるんだから…!という気持ちだけが心の支え。


PM0:30
モニターをつけられて、15分ほどした頃。
唐突に、赤ちゃんの胎動がクリアに、そして立て続けに感じられるように。

ドッコドッコドッコドッコ… ボコン。
ん? 元気になってきた。

ドッコドッコ、 ボコン。ボコン。
ドッコドッコ、 ボコンボコン。
ドッコ、 ボコンボコンボコン
ボコボコボコボコボ、

「どぱっ」
あっ。

とても分かりやすく、「ザ・破水」でした。
水風船の口が突然ほどけたような。急にお腹の中と外の圧力が一緒になって、異空間がつながったような…。
とりあえず、痛みをこらえてナースコールし、そのまま分娩台へ直行。

分娩台に上がった時には、わたしの身体も赤ちゃんの方でも、「もう産まれますよ!」という準備万端な状態だった様子。
助産師さんたちがわたしの足の間を一目見て、かなり慌てて戦闘準備を開始してくれました。
その頃にはわたしはもう痛くてつらて、とにかく耐えられないし、どうしていいか分からない。
「いきんでいいですか」と聞いて、「いいよ!」と力強く答えてもらった時には、本当にありがたかった…。もう、その時は「いきむ」以外に体をコントロールできる選択肢がなかったのでした。


閑話休題(小ネタ)
ところで、助産師さん側も「もうちょっとかかるだろう」と思っていたようですが、我が家のメンバーたちもまた、同じ認識でいた様子。
分娩台で「お父ちゃんの立ち会いを…」と訴えるわたしに、ロビーに呼びに行ってくれたナースさんが、困惑した様子で一言。

「あの、“お父ちゃん“って、おじいちゃんのことですか!?!」

違います!

いや、そんな訳ないやん。
実父の立ち会い、さすがに嫌です。

診察室も「!?」とざわつきます。
「いや、でも待ち合いに、おじいちゃんしかいないんですけど…!」と、これまた慌てながら伝えてくれるナースさん。
どうやら家族たちもここまで早く出産になると予想できず、本当のお父ちゃん=だんなさんは、まだ病院まで来られていないようでした。
もう、なんでもいいです!と吼えるわたし。実の父でもなんでも、この際来るなら来い!という気持ちでした。それよりもう、早く産むことしか考えられない…!

…と、この直後、入れ違いでだんなさん到着。
それから数分の間に、なんとか無事に赤ちゃんを産み落としました。よ、よかった…。


PM0:59
そんな顛末の末、にたろう、オギャーと誕生。身体が全部出た瞬間からは、嘘のように痛みが消えました。
いちひめも診察室に入れてもらい、初お目見え。ずっとずっと弟を待っていた彼女は、しっかりとお姉ちゃんの顔です。

こうして、とてもとても弱い陣痛が来てから、約2時間半。分娩台に上がってからは、約30分の出産が、無事終わったのでした。


分娩後、先生方が一息つきながら、
「いやー間に合ったね!」
「家で生むことにならんくて、良かったなあ」
「2~3年に一回くらい、いるんよね」
「涼しい顔してはるから、まだや思てお昼チンしてしもたわ~」
「あ、あのうどん、自分のやったんや」
…等々、談笑していましたが…いや本当に、無事に出産できたので笑い話で済みましたが、そういう事態も有り得たんだなと思うと、ぞっとします。
結果的にはオールオッケーな出産でしたが、判断一つ、タイミングを一つミスれば、大変なことになっていたかも。
二人目以降の赤ちゃんを生むお母さん方、こういうこともあり得るので、どうぞお気をつけください…。

こうできて良かった、と感じたこと(総括)
ちなみに今回、本当に良かった!と思ったのは、だんなさんが居合わせられたことでした。
特に上の子の心の状態を考えると、やっぱり帰省先の祖父母だけと過ごしていた場合とは、事態の受け入れ方、落ち着き方が違っていたと思います。

また、産まれそう!となった時、家族の間で役割分担(誰が産院に付き添うか、誰が子守をするか、いつどこで交代するか等)と情報伝達をとても上手く・スピーディーに進めてもらったことも、後方での大きなフォローとなりました。
それがなかったら、たった一人で分娩を終えていたかもしれないし、いちひめの気持ちが不安定になって、大人はそっちにかかりっきりになってしまっていたかもしれない。
もしくは、困惑したじいじが分娩台の隣に強制連行され、誰の希望でもない謎の公開出産が行われていたかもしれない(笑)

振り返れば、皆がそれぞれの持ち場で頑張って、大成功となった出産体験だったなと思います。
ありがとさま&お疲れさまでした!

痛みに向き合う、受け止める

さて、長くなってしまいましたが、今回、すごく大事だったなと再認識したのが、これでした。
「痛みと向かい合う」。

陣痛の痛み、それから分娩の痛み…。
どこがつらさの山場かは、人によって違うと思います。
自分の場合、陣痛の時には痛みを逃がさず、やり過ごすのがつらかった。
分娩の最中は、とにかく中にあるものを押し出しておしまい!にしたくなるのを、「いきんじゃだめ!」と叱咤激励されて、あえて力を抜かなきゃいけないのが耐え難かった。あんなん無理です。

でも、これらの痛みは、どうしたってどこかに行ってくれるものではないんですよね…。必死で耐えなくたって、痛いものは痛い。
その痛みを一度でも「耐えられない…!」と認識してしまうと、逆に気持ちが負けて、くじけてしまい、余計につらかっただろうと思います(少なくともわたしの場合は)。
逆に、何があってもいつかは生まれる、いつかは終わる!と信じて、「大丈夫!」と気持ちの上で痛みをのんじゃう、なめてかかっちゃくらいが、自分は乗り切る力になってくれました。


それから今回思ったのは、痛みを受け止められると、回復も早い?ということでした。
個人差あると思うので、あくまで仮説、あくまで自分の感想ですが。
いちひめの時には「痛みをできるだけ感じまい、遠ざかりたい」として反応した結果、自分も傷が深く、いちひめも産道を通る時、頭が傷だらけに。
産後の回復も遅く、悪露は3ヶ月経っても止まっていませんでした(異常があった訳でなく、単純に治りが遅かった)。

今回はそれと比べると、本当に楽!です。
にたろうもきれいに産まれてきてくれ、自分も多少の患部の痛みをのぞけば、いつでも動けます、くらいの感覚。5日間の入院を終えて家に戻ったあとは、普通にいちひめを公園に連れていったりもしていました。
自分なりに頑張って出産に臨んだボーナスポイントかなあ、と思っています。

※ちなみに、無痛分娩を否定する意見ではありません。
わたし個人は無痛分娩を悪いとも良いとも思っていませんし、それぞれの事情や思いがあって選択されたこと、人がとやかく言うべきことでないと思っています。
とにかく赤ちゃんを産もう!という気持ちは皆同じだと思うので、そこさえ一緒なら、とりあえず何だっていいと思う。
ここではあくまで、今回の自分のケース(経産婦、自然分娩)で大事だったと感じたことについて、少しでも必要だと思ってくれる誰かに伝えたい、と思ったのでした。


もちろん、人それぞれの出産の形、体質や事情もあると思うので、ここに書いたことが全ての妊婦さんに当てはまるとは思いません。
でもこれから赤ちゃんを迎える人に、こんな体験談でも少しでも参考にしてもらえたら、すごくすごく嬉しいです。

出産には痛み苦しみがついてくることが多いけど、いつかはきっと、終わるはず。喜びはそれ以上に、大きいはず。
ささやかながら、わたしからもエールを送らせてもらいます。
全てのお母ちゃん、フレーフレー!



…さて、こんな形で我が家にやってきた新メンバー、にたろう。まだ顔形も、どんな性格になっていくかも分かりません。

生まれる、という人生初の大仕事を終えた彼は、まだまだ飲んで出して、を苦しみながらくりかえすのに精一杯。涙をうかべていきんだり、呼吸困難みたいになりながらおっぱいを飲んでいるのを見ると、生きるって楽じゃないな、と思わされます。

彼が朝日町で生活を始めるのは、3月のこと。新生児との「とかいとこ暮らし」の様子も、また改めて紹介していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

時々もれる声が、たまらなくかわいいです…。

(2020年・2月下旬)

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